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ゲーテ『ファウスト』の宇宙観の音楽化
=8.マーラー畢生の傑作=
岡田利英(認定NPO法人おんがくの共同作業場理事)
マーラーも作曲にあたってこうしたゲーテの思想を理解していたからこそ、第一部の「来たれ、創造主たる聖霊よ」の音楽を前に置き、宇宙の至るところからやってきた聖霊が、第二部では私たちを救済するために、「永遠に女性的なるもの」のもとへと、再び宇宙の彼方へと連れていくというドラマを音楽で表現しようとしたのではないでしょうか。自ら共感する宇宙観を描くためにマーラーはそれまでに身につけた作曲技法を総動員して『ファウスト』の世界を音にしようとし、見事にそのことに成功しています。マーラー自身この曲の出来栄えに満足していたようで、このあとに作曲されて一般にマーラーの最高傑作と呼ばれる『大地の歌』や交響曲第9番を書いたあとにさえ、交響曲第8番を「私がこれまで作曲した最も偉大な作品」と呼び、「私のライフワーク」と位置付けていたのです。しかし交響曲第8番は初演された時からその規模の大きさや外形の絢爛さにばかり注目が集まりましたが、マーラー自身は、自分が最も表現したかった宇宙の原理に対する思想がゲーテの『ファウスト』を通して集約的に示された傑作として評価してもらいたいと考えていたのではないでしょうか。だからこそ初演の時にコンサートの興行主が名付けた『千人の交響曲』という名称で呼ばれることを嫌っていたのです。このマーラーにとっての特別な曲は、これまでのこの曲に対する見方を一旦捨てて、マーラーの表現したいことに耳を澄ますことができてはじめて理解されるようになるのでしょう。そしてマーラーが表現したかった救済の音楽は、いま私たちが生きている不確実な現代にこそ、あらためて聴かれる意味があるのではないかと思います。マーラーが「やがて私の時代が来る」と言ったことは有名ですが、それは彼の音楽が単にたくさん演奏されるというだけではなく、楽曲の理解を伴ったものでないといけないでしょう。マーラーの時代は既に到来しているのです。
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