ホーム - 合唱指揮者が語る曲づくりの秘密(千人インタビュー)



 ・〜・〜 目 次 〜・〜・
 はじめに
1.『千人』の合唱練習
2.『千人』の難所
3.『千人』をもっと楽しむために
4.今回の『千人』に対する思い
 <千人解説>
5.ゲーテ『ファウスト』の宇宙観の音楽化〜作曲の経緯
6.交響曲第8番の構成
7.ファウストの救済
8.マーラー畢生の傑作






ゲーテ『ファウスト』の宇宙観の音楽化
 =6.交響曲第8番の構成=

       岡田利英
(認定NPO法人おんがくの共同作業場理事)

 この曲の全体は2部構成になっていて、第一部は絢爛たる響きに圧倒されてしまいますが、形式としては交響曲の常道であるソナタ形式をとっています。歌詞は9世紀に作られたラテン語による讃歌「来たれ、創造主たる聖霊よ(ヴェニ・クレアトール・スピリトゥス)」で、聖霊の助けを願う讃歌としては恐らく最古のものと考えられているものです。マーラーはこの讃歌をソナタ形式の枠組みに収めるために、一部を削除したり順序を変更したりして音楽的な構成を優先させて作りこんでいて、ひとつひとつの言葉よりも音楽全体から受ける印象を重視していて、作曲家の柴田南雄はそれを表現主義的ととらえ、「初期バロック時代の大編成の宗教曲に見られる一種のマニエリスム」を感じています。
 一方第二部は大変長大な音楽で、ゲーテの『ファウスト』の最後の場面をテキストとしています。作曲の最初の段階ではマーラーは第一部を第1楽章としてその後に第2楽章から第4楽章までをつづける構想でしたがそれをやめ、全体を第二部として『ファウスト』をもとにまとめあげました。こうした第二部の成立ちから内部をいくつかに区分けすることが可能で、分け方も幾通りかあります。『ファウスト』のあらすじについては歌詞の訳のところに記載していますのでそちらをご参照いただくとして、最終場面はファウストの救済がテーマですが、独唱者や合唱にはそれぞれの役が割りあてられていますので、それらの登場に沿って場面分けをすると全体の流れは以下のようなものです(区分けは長木誠司氏によります)。

場面 演奏者
1 前奏 オーケストラのみ
2 聖なる隠者たちの場面 隠者たちと木魂【男声合唱】
法悦の隠者【バリトン独唱】
瞑想の隠者【バス独唱】
3 天使たち、童子たちの場面 天使たち【女声合唱】
昇天した少年たち【児童合唱】
4 マリア崇拝の博士と女性たちの
場面
聖母マリアを崇拝する博士【テノール独唱】と合唱
3人の贖罪の女たち【ソプラノ1、アルト12独唱】
かつてグレートヒェンと呼ばれた女【ソプラノ2独唱】と昇天した少年たち【児童合唱】
栄光の聖母【ソプラノ3独唱】
5 神秘の合唱 合唱(続いて独唱者も加わる)

 第一部がソナタ形式をとっていた一方、第二部には形式は認められませんが、おおよそ上記2の男声合唱までを緩徐楽章的な部分、その後の2の部分をスケルツォ的な部分、3からが終曲となる部分とみなすこともできます。しかしマーラーは第一部や第二部のモチーフを各所にちりばめることによって全体が緊密な統一感を保持することに成功していて、こうした区分けにこだわらずにマーラーの音楽に身を委ねておればよいように感じます。外形上伝統的な4楽章構成はとってはいませんが、こうした緻密な楽曲構成からやはりこの曲は2部構成の交響曲と呼べるものなのです。

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