ホーム - 合唱指揮者が語る曲づくりの秘密(千人インタビュー)



 ・〜・〜 目 次 〜・〜・
 はじめに
1.『千人』の合唱練習
2.『千人』の難所
3.『千人』をもっと楽しむために
4.今回の『千人』に対する思い
 <千人解説>
5.ゲーテ『ファウスト』の宇宙観の音楽化〜作曲の経緯
6.交響曲第8番の構成
7.ファウストの救済
8.マーラー畢生の傑作




合唱指揮者が語る曲づくりの秘密=1.千人の合唱練習=

 O:初めてこの曲の楽譜を見たとき、声部もたくさんあり、どのように練習を進めていこうと思われましたか?
 G:初めてこの曲に取り組んだのは日本フィル創立20周年の時でしたが、まず最初の印象としては「僕には出来ない、僕が教えている合唱団にもできない。しかし頼まれたからにはやらなければならない。逃げるわけにはいかない」ということでした。プロの合唱団では練習時間も人数も必要なので、当時の在京のオケでは依頼するところがなかったからアマチュアに話がきたのだけれど、アマチュアの合唱団には出来るとは全く思わなかったですね。でも一級の人と共演したいという気持ちもあって、『第九』を最初にやった時と同じように、やってみようというだけで引き受けたのですが、確信はありませんでした。途中でやっぱりやめようと思ったことは一度や二度ではありませんでした。
 O:練習が進んでいって何か見えてきたことがありましたか?
 G:ありません。何しろ歌えないのだから。何度レコードを聴いても理解できない。当時我々は現代も近代も聴いていない。せいぜいブラームス止まりです。できるかどうかわからないけれど、若かったしとにかくやってみたいというだけでした。1パート1パートやっても全体が見えてこない。しかもさあできたからあわせてやろう、と思うとまた各パートができなくなってしまう。その繰り返しでした。オケあわせになってやっとなるほど、という感じでした。その後何回かやってもしばらくは暗中模索でしたが、シノーポリ/フィルハーモニアオーケストラ、ベルティーニ/都響とやったときにはようやく「ああこれだ!」というのがつかめてきて、その意気込みがエネルギーとなりました。
 O:今回は最初どういうところから練習をスタートさせましたか?
 G: 今回のはそれまでの『千人』と全く状況が違いました。今回の『千人』はこれまで経験もしてきたこともあって、練習の始まりから最後がどうなるか見える部分がありました。16声部の混声合唱、児童合唱、8人のソリスト、巨大オーケストラ、バンダ(舞台外に配置された奏者)といった大編成ですが、参加者一人一人が全体を把握する。その中で自分の役割は何なのか、自分の責任は何なのか、そういった社会の縮図のようなスタイルが大切です。一人で歌えればよいのではなく、全員が全体を理解しながら自分を深めていく。そのために何をしなければいけないかというと一人一人がまず歌えるようになることなのです。歌えるようになるためにどうするかというと、最初は音程も取れなくてよいから階名読みからはじめるのです。すぐに階名で読めなければ仮名を振ればいい。そうして練習をしていくうちにだんだん歌えるようになる。そしてこの曲の場合全体がどう動いているかがわかるのは実は最終段階なのです。そのとき全体がどう見えてくるかは、それまでに基礎的なことをきちんとやっているかにかかっています。『千人』はオケ合わせにならないとこの作品の本当の姿は見えてきません。それまで辛抱しながらどうやって自分の役目を追及するかが大切なのです。そして本番でお客様が入った時に初めて明確になるのです。そのプロセスをきっちり踏んでいく。それを間違うとこの曲は人数が多く音量も大きいだけにただのお祭り騒ぎで終わってしまうのです。
 O:当たり前かもしれませんが、複雑な曲であるだけにかえって各人が与えられたパートをいかにきちんと歌えるようにするかが大切なわけですね。
 G:それさえやっておけば合唱とオーケストラが全部一緒になった時にこの曲の面白さがわかるのです。それはオーケストラも含めた全体の作品の中で自分がやっていることの存在が理解できるのです。
 O:マーラーはオーケストラのパートとそれぞれの声部を対等に扱って書いていますからね。ところで先生は全部の声部の動きをどのようにして一度に聴いているのですか?
 G:今回の練習の中でわかったことは、ブレスの位置、言葉の切れ目、ドイツ語のフレーズ、そういった音楽的なことをちゃんとやっておけば16声部あってもそれがきちんと聴こえてくるということです。それは一度に聴くのではなく、聴こうと思ったパートが聴こえるということなのです。それが埋もれて聞き取れないということは主体性をもってきちんと歌えていないということでしょう。
 O: 失礼ながらよくこれだけの声部が全部わかるものだと感心してしまうのですが。
 G:たぶんコーラスのことだけでいえば本番の指揮者よりも頭に入っていると思います。『千人』では本番の指揮者はオケのことで精いっぱいでしょう。その点この曲は分業制だと思っています。合唱については任せてください、という感じです。合唱指揮者としてはやりがいがあります。そしてそういうことを巨匠と言われる指揮者はわかっています。何カ月も合唱は練習しているのですから、本番の指揮者がいきなり来てこう変えようと思ってもなかなか直せません。それが出来るのは合唱指揮者だけです。コシュラー(スロヴァキアの名指揮者、東京都交響楽団の創立20周年演奏会で『千人』を指揮した)の時も大変でした。第2部の最初の部分を直すのに全体の練習の半分近くの時間を費やし、あとは通しただけでした。


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