ウエックスフォード 公演   2001.8.24 セント・イベリウス教会にて  →写真
 翌朝23日、小雨まじりの中をロンドン経由ダブリンへ。15時過ぎに空港に着く。気温が10度も違うと行き交う人の服装もノースリーブから皮ジャン姿まで様々である。2台のバスに分乗して到るところ羊や牛が放牧されている牧草地を東南に向かってひた走る。2時間30分かかって漸く海岸の街らしいところに出て目指すウェックスフォードの駅前に着く。ジョナサン氏の出迎えを受けてホームスティ組、B&B組、ホテル組に別れた。
翌24日は市中心街にあるイベリウス教会前に集まってジョナサン氏岳父のご案内で市内見学後、19時から同教会でコンサート、まず岳父の歓迎の辞があって三谷さんの流暢な英語での謝辞・曲目解説で進行する。オラ研の童謡は「紅葉」と「赤とんぼ」の2曲、牧子先生の童謡メドレー、亀井さんのソロ、最後は現地の方も加わってビバルディの「グローリア」、アンコールは「故郷」で終幕。横長の300席余のこじんまりした会場であったが、雨天にもかかわらず超満員、スタンディングオベィションで拍手を頂戴しながら舞台を後にした。

 アイルランドの夏の日差しは、か弱いが気温が20度を超えると海水浴に出かける国である。振るえながらも泳ぎたいのだ。明けて25日、オプショナルのジョナサンツアー組は昨年ウエッジウッドを買収したウエックスフォード・クリスタルの工場見学、更にビクトリア王朝時代の物が数多く保存されているアイルランド城まで足を伸ばし、ミサが予定されているカトリック教会へ急ぐ。着替えもそこそこにミサは始まった。
イントロに「紅葉」を歌ってから式次第に則して「グローリア」を歌い継いでいく。司祭が「今日は神のお加護のもとではるばる日本から大勢の友人を迎え,素晴らしいコーラスを聞くことが出来た。」と絶賛されたが、余りにも慌しい1日で今一つしくりこなかった。それでも終わって庭に出ると妙齢のご婦人たちに囲まれワンダフル・ビューティフルを連発されると、すぐ気を取り直しお土産のCDを振舞った。
 (テノール 田中俊郎)

 8月23日はフランクフルト空港からダブリン空港へ、そこからバスでウェックスフォードの鉄道駅前に到着。そこでホームステイ組と別れることになっていて、今回公演の準備をしてくださったジョナサンとアイネスさんなどが出迎えてくださいました。夕食の用意がないからというので、駅前のマーケットで15分間の買い出しをしましたが、その時買い求めた8月22日付の地元の新聞「ウェックスフォード・エコー」に、「日本から合唱団」という見出しで、「24日にセントイベリウス教会で東京オラトリオソサイアティの素晴らしい音楽会が開かれます。このような日本の合唱団がウェックスフォードでコンサートを開くのは50年にわたるウェックスフォードオペラフェスティバルで初めてのことであり、去年の1月にはイスラエルで世界最高の合唱団のひとつであるプラハ・チェンバー・クワイアと共演しています。指揮者は郡司博、団員は今回80人ほどで、入場料はたったの5ポンド、子供は無料です。曲目はハイドン、モーツアルト、プッチーニ、ヴィヴァルディです。絶対見逃せません」などと書かれていました。

 24日は朝6時に起きて、ウオーキングを日課としている同室の武田智恵子さんとウイットフォード・ハウス・ホテルの周りを1時間ほど朝露に濡れながら散歩しました。毎日シャワーと呼ぶ俄雨が降るこの牧草地帯の草は柔らかく牛や羊もおいしそうに食べていました。気温は19度くらいの早春の気候で、とても過ごしやすく、日頃の疲れも一気に吹き飛ぶ思いでした。昼間は自由時間だったので、タクシーで19世紀に建てられたゴシック様式のジョンズタウン城を見学に行きました。農業博物館があり、昔からのアイルランドの生活がよく分かりました。ここには大きな池があり、高い樹木に囲まれ、薄暗い森の中には妖精が住んでいそうでした。
 午後3時半にイベリウス教会に集合、8時に開演。当日のプログラムは、アイルランドのアルトソリストも加えて、ボン公演で演奏した日本の歌シリ−ズの他にアイルランドの曲のソロとヴィヴァルディの「グロリア」でした。指揮は郡司先生、ピアノは小林牧子さん、司会は三谷さん。この教会はプロテスタントで、ジョナサンの奥さんの父上が牧師をしていらっしゃり、コンサートに集まった人たちも皆親戚のように親しげで和やかなものでした。ジョナサンはまもなく父親になるのでベビー用品がプレゼントされました。音楽はもちろん大成功でした。
 
 25日の昼間はジョナサンによるオプショナルツアーで、ウオーターフォードのクリスタル工場を見学し、昼食をキルケニイのラングトンというパブで済ませた後にキルケニイ城を見学しました。入り口に消毒液をたっぷりしみ込ませたマットが置いてあり,口蹄疫の予防のため靴を消毒するためものでした。それ以外では日本でマスコミが騒ぐほどのことは目にしませんでした。夕方6時に、イベリウス教会の向かいにあるカトリック教会「処女降誕教会」に集合し、夕べのミサでヴィヴァルディの「グロリア」と日本の歌を歌いました。ここでは宗派による対立は余りなくて仲が良く、うるさいことを言わないので、服装も自由だし、何を歌っても良いようでした。でも教会ですから、私は白ブラウス黒ロングスカートにしました。神父さんは派手な黄緑色縞柄の法衣を身につけていました。 (ソプラノ 川本 雅子)